とうとう出産!

 とうとう28日、入院です。
午後2時、産婦人科へ。
私の心電図と子どもの心電図の検査をしながら入院の説明を聞いていました。
私の心電図は相変わらず不整脈で異常を知らせるアラームがしょっちゅうなっていました。
子どもの心電図もアラームが。。
なぜ??
ちょっと心配なので、しばらくこのまま心電図をつけていましょうと言われ、
1時間近くつけていました。
その後異常はなくなり、入院する病室へ移動しました。
私は両手に杖を付いているので障害者用のトイレの近くに病室を用意してもらいました。
私の担当の看護師さんはとても親身になってくださって助かりました。
 私はアレルギーが多いので、わかる範囲のアレルギーを伝えました。
入院中に使用するテープを調べるとのことで、6種類小さく切って腕の内側に張って
様子を見ていました。
4種類かゆくなった為、そのかゆくなったテープは使用できないことになりました。
アルコールがアレルギーなので、ノンアルコールの消毒になりました。
また、局所麻酔の1種類がアレルギーだったので、色々と問題がありました。
尿路カテーテルを挿入するときに使用できないのです。

 その後、麻酔科の担当になる先生が来られ、麻酔の説明をしてくれました。
私の場合、足と心臓の心配があるので、全身麻酔に決まりました。
手術中に不整脈がひどくなっても薬で止めるそうです。
また、気管挿管し人工呼吸するので、チューブを抜去した後、のどが痛くなると説明されました。
お腹を切ってるのに大丈夫かな??と心配になりました。

 6時になり夕食が配られたのですが、私のお腹は更に痛くなったので、
念のため食事を摂らず看護師の元へ。。。
当直の医師が診察とのこと。。
大丈夫だろうか。。
足が開かないことを伝えたのですが、強引に広げられ、
初めての内診をされました。
痛くて痛くて。。。
足は痛いは、無理に内診されてお腹は痛いは。。
主治医が当直医に呼び出されたのか、病室に来たときくだした判断は、
「31日までお腹がもたないと思うので、緊急帝王切開しましょう。」でした。。。
私はそのとき無理に内診されたせいで痛くて泣いていたのですが、
今度はえ、さっき入院したばっかりやん。
もう、切るの?と驚きで泣いてました。。
6時半過ぎて夫が病室に来ました。
病室は手術の用意で大賑わい!
私は泣いてるしで、「何があったん。」が最初の言葉でした。
簡単に看護師が説明してくれて、手術と聞き、慌てて母親に連絡をしてました。
母親は入院の際、連れてきてくれたのですが、3時過ぎに帰ったので
また来ることになりました。
準備が少しずつ終わり、7時に手術になりました。
結局私は麻酔をされるときまでずっと泣いてました。
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妊娠中 5月

 いよいよ出産予定の月になりました。
34週に入りました。
5月7日、14日、21日通院の回数は増えました。

私のお腹は張るようになってきました。
トイレの回数も増え、胃、心臓の圧迫が更に強くなりました。
心臓は更に悪くなり、常に不整脈がひどくなりました。
あんまりひどく、顔色も悪くなってきたので、心エコーの検査をしたり、
心電図をとったりしました。
心臓に異常はなかったのですが、2回心電図をとりましたが、
2回とも不整脈がはっきりと出ていました。
たった数分の検査でもでるので、常にこの状態なのだろうとのことでした。
後2週もしたら赤ちゃんが骨盤に下りるので、胃、心臓が楽になるだろうとのことでしたが、
全く楽になりませんでした。

 21日、入院日が決まりました。
5月28日に入院して、31日に帝王切開になりました。

 26日からお腹が痛くなりました。
なんでこんなに痛いのかな?と思いながら寝てました。
27日、更にお腹が痛くなりました。
でも、後1日我慢我慢。。。と自分に言い聞かせていました。
1日でも長く家に居たかったのです。。

妊娠中 4月

 4月に入りました。
体重は妊娠前よりも12kg増えました。
もう、足は限界でした。
家の中でもどこかにもたれるか、夫の介助がないと歩けなくなりました。
血行が悪くなってきていたので、無理に入浴をして
少しでも足の血行が良くなるように努力していました。
ただ、ベッドで寝ているだけなのに、足の血行はどんどん悪くなっていきました。
夫には足が痛くなると足をマッサージをしてもらい、
心臓が痛くなっては背中をマッサージしてもらい、
服の着替えは手伝ってもらい、
入浴後は髪を乾かしてもらい、
トイレ以外は階下に下りないように、ジュースをもってきてもらったりしていました。
夫が仕事に行くときは必ずジュース1リットルを枕元に置いて出かけてくれてました。
夫もこんなにひどくなるとは思っていなかったようです。
まさか心臓まで悪くなると私も思っていなかったので、
息が苦しくなるときはこのままどうにかなるのかな~~なんて
思ったこともありました。

 30週過ぎて更にお腹は大きくなり、食事がつらくなってきました。
この頃には子どもは性別が判るそうですが、私の子はなぜか判らず、
赤ちゃん用品の用意が出来なくて困りました。
名前もまだ決まっていなくてどうしたものかな~~~と
姓名判断の先生に電話で相談していました。

 2週間に1回病院に行くのですが、母親がずっと送り迎えをしてくれてました。
母親は私が子どもを躊躇していたので、産んで欲しいと何度も言ってました。
整形外科の主治医に合わせ、レントゲンを見てもらい、
なぜ、私が躊躇しているのか説明をしました。
主治医からも出産をすることは私にとってはデメリットでしかないと説明をして
くれました。
歩けなくなる可能性がとても大きく、車椅子の生活で子育ては難しいと言ってました。
でも、母も夫も私に変わって子どもの面倒は見るからと私の体を犠牲にして子どもを
優先しました。
私も色々悩みましたが、産むと結論をだしました。
でも、こんなにしんどいとは。。
母は、自分が出来ることはと言って、病院の送り迎え、
夫は家事を私に代わってやってくれてました。

妊娠中 3月

 3月に入りました。
予定日は6月14日!
帝王切開予定日は5月31日!
どんどん近づいてきました。
ドキドキです。
病院で内診する際、私はこの頃はもう足が開かなくなり、
お腹のエコーのみでした。
膀胱炎になって、大変でした。。。
病院で尿検査するたびに検査に引っかかり。。。
病院のトイレって低いから私のように足が不自由だと立ったり座ったりするのが
本当に辛くて辛くて。。。
更にお腹が出っ張ってきて腰痛まで出てきて。。。
相変わらず発熱もあるし。。。
私は身長が143cmしかないので、お腹の中で子どもが内臓を押し上げてくるんですよ。
胃の圧迫がどんどん強くなって横になると胃液が上がってきてのどが痛かったです。
むくみが出てきて何をするのも鬱陶しい!!!って感じでした。

 この頃には子どもも1000gになり、羊水込みでかなりの体重増加になりました。
むくみのせいで、足の血行が悪くなり、足の痺れ、両手の痺れが出始めました。
足は血行が悪くなると、重だるいイライラする痛みに変わってきました。
激痛は動かない限りなくなり、重だるい痛みとしびれで一日中不機嫌と
持病の不整脈がひどくなって、時々息をするのがしんどくなっていました。
息をするのがしんどくなり、1時間2時間すると背中が痛くなり、肩が痛くなり、心臓が痛くなりました。
この頃は1日中横になっていました。
食欲も落ちてきました。

妊娠中 2月

 2月になるとお腹は21週目に入りました。
2月2週目以降に急にバッタリとつわりがおさまりました。
本当に急に。。。
最初気づかなかったくらいでした。
歯を磨いていてもえづかないので驚きました。
つわりの最中、一番辛かったのは歯磨きでした。
歯磨きのたびにえずいて毎回嘔吐しては何とも言えない気分になって
食べたものが~~~~って。
でも、体重は増えるんですよね~~
この頃は、ほとんどりんご、トマト、イチゴ、みかん、ぶどう。
果物ばかり食べてました。
他にはゼリーを食べてました。
他は全く受け付けなくて、特に炊いていいる最中のご飯の匂いは最悪でした。
後、タバコも!!
夫が喫煙をしていたので、「出て行け~~~!」と怒ってました。

 妊娠中期に入り、お腹は更に大きくなり、体重の増加で足は更に悲鳴をあげていました。
私が使用している杖は、ロスフトランドクラッチという杖です。
両手で使用して足に負担をかけないように努力をしていました。
整形の先生から「妊娠中期過ぎると急に体重が増えるから歩けなくなって、
車椅子生活になるかもしれないよ。」と言われていたので、
座りながら出来る太ももの筋力トレーニングをしてました。

 入浴は夫に協力してもらって湯船の出入りを介助してもらっていました。
できるかぎり足が痛くても自分で出来ることは頑張ってやろうと努力していました。
でも、体を洗ったり、靴下を履いたり、下着を穿いたり、爪を切ったりは全くできなかったので、
夫にしてもらっていました。
もちろん、下に落ちたものは全く取れませんでした。
この頃にはお腹が邪魔で足元はほとんど見えなくなっていました。
プロフィール

のぞみのくましゃん

Author:のぞみのくましゃん
左足変形性股関節症 右足大腿骨骨頭壊死 不整脈 と奮闘中! 足が不自由でも子どもを育てることが出来るよ♪
色々な情報交換が出来ると良いな~と思ってます。
よろしくね♬

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